<4日目①番外編1>トゥルン・ウント・タクシス家と郵便事業

<4日目①番外編1>ヨーロッパ周遊レンタカーの旅30日間・ホーチミン経由(2015年2月12日・木)



オーストリア、スイス、ドイツなどのヨーロッパの多くの国々の郵便局には、ポストホルンという角笛がマークとして使われています。

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その起源を遡ってゆくと、ヨーロッパで3世紀にわたり郵便権を独占してきた、イタリアのベルガモ出身の豪族ド・ラ・トッレ家(独:タクシス家)が今から約900年前に使っていた紋章に残っています。
この一族はその後、ドイツに本拠地を移すとデ・タシス(伊)をトゥルン・ウント・タクシス(独)と名乗っています。
苗字のトゥルンは、元々のイタリア名であるトッレ(塔の意味)がドイツ語のトゥルム(塔)になり、これがさらにトゥルンと訛ったものです。
タクシスは、ド・ラ・トッレ家(タクシス家)が税金(Tax)の徴収を請け負っていたことの名残りで、現在のTax(税金)の起源なのでしょうか。

トゥルン・ウント・タクシス家(以下、タクシス家とします)の郵便馬車事業の始祖は、イタリア人デ・タシス(独:フランツ・フォン・タクシス)でした。

郵便システムのなかった中世のヨーロッパでは、教皇庁、僧院、僧尼たちの間に、教会間の連絡通達のため、文書を運ぶ飛脚などが存在していました。
12世紀以後は、各地の大学において、学生が故郷との連絡を取るための手紙として、大学飛脚が生まれました。
商取引で通信が欠かせないことは同様で、なかでも腐敗しやすい肉類を運ぶ肉屋は、早い馬車や馬を使用していたので、「肉屋郵便」とよばれる信書の運搬も受け持っていました。

こうした各地の飛脚や色々な郵便を統合し、16世紀初めに一般に利用される郵便馬車事業を起こしたのはタクシス家の、神聖ローマ帝国の臣民だったフランツ・フォン・タクシス(1450―1517)です。
タクシス家は神聖ローマ皇帝から、領内における郵便馬車事業の独占と、これを世襲する権利を与えられました。

その間に、タクシス家は侯爵の地位まで上り、のちには総領当主マクシミリアン・アントン・フォン・トゥルン・ウント・タクシス侯爵が、バイエルン公家のヘレーネ・フォン・バイエルンと結婚しました。
彼女はハブスブルクの神聖ローマ皇帝フランツ・ヨーゼフの皇妃エリザベート(シシー)の姉です。
皇帝フランツ・ヨーゼフは、本来のお見合い相手であるヘレーネ・フォン・バイエルンではなく、その妹であるエリザベートを気に入り結婚したことは、とても有名な話です。
これでトゥルン・ウント・タクシス侯爵家は、ハブスブルクの神聖ローマ皇帝の親戚になっています。
タクシス家はそこから約350年以上にもわたって、ハブスブルク家が支配していた神聖ローマ帝国の馬車郵便事業を世襲制してきたのです。

しかしタクシス家の馬車郵便事業は、19世紀後半で幕を閉じました。
実は、1800年頃から「そんなに儲かるなら郵便事業を国営化しよう」という動きが各国で起きたのです。
そしてトゥルン・ウント・タクシス家は郵便事業を次々と売却、1857年に900万マルクでプロイセン帝国に売却した郵便事業(郵便権)を最後に、12代にわたるタクシス郵便は消滅し、このビジネスから手を引くことになりました。
現代でも、どの国も当時の欧州と反対に郵政事業を民営化の方向で進めていますが、「儲かれば国営、儲からなければ民営化」というのは世界共通なのでしょうか。
余談ですが、郵便事業を手放したあとのトゥルン・ウント・タクシス家は、事業売却で得た資金を別の分野に投資して成功を収めています。

さらに最近では、1980年にタクシス家当主のヨハンネスが、元ウェートレスで34歳も年下の貧窮貴族の娘であるシェーンブルク=グラウハウ伯爵夫人グロリアと結婚して、マスメディアの注目を浴びました。
そして1990年にそのヨハンネスが亡くなると、グロリア夫人は14億ドルの資産の運用に見事な采配を発揮し、現当主のアルベルト・プリンツ・フォン・トゥルン・ウント・タクシス侯爵は、今でも資産を増やしているそうです。
この現当主のアルベルトはまだ30代半ばで、1990年の父の死に伴ってわずか8歳で侯爵家の家長位と財産を相続し、同時に世界最年少のビリオネアになったドイツの実業家です。
トゥルン・ウント・タクシス家は、本当に代々ビジネスセンスがある家系なんですね。

このタクシス家の居城が、神聖ローマ帝国の議会が150年間にわたって開催されたレーゲンスブルクにあります。
現在本家一族の人々はドイツのレーゲンスブルクのタクシス(エメラム)城に住んでいます。
居城である広大で華麗なタクシス城は、ガイドの案内付きで見学できますが、城には付属博物館があり、この博物館での一番の驚きは厩舎博物館です。
当時「タクシス郵便」に使われていた郵便馬車が約60台陳列されていて、トゥルン・ウント・タクシス家の郵便事業がいかに大がかりなものであったかがよくわかるようになっているそうです。

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◎下記は関連ブログです。

ヨーロッパ周遊レンタカーの旅30日間・ホーチミン経由(2014年6月9日・月)
*<4日目①>ニュルンベルクのカイザーブルク.レーゲンスブルク旧市街とヒストーリッシュヴルストキュッヘ
*<4日目①番外編2>中世ヨーロッパの郵便事業と旅籠屋ポスト・ホテル(2015年2月12日・木)
*<4日目①番外編3>ヨーロッパの郵便ポストとポストバス(2015年2月12日・木)



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