<車中泊9日目>萩散策と毛利家墓地巡り・土井ヶ浜遺跡の人類学ミュージアム・角島大橋

<車中泊9日目>山口.萩市-下関.王司PA(2012年12月18日・火)


今日は雨・・・歩くのに・・

車の中で朝食を食べて、道の駅萩シーマートをオープン前に出発。
萩市内で給油して市内観光へ。

最初に少し離れている3ヶ所ある「萩藩主毛利家墓所」の1つである大照院へ。
霊椿山大照院は臨済宗の寺院だが荒廃していたものを、2代藩主綱広が亡父の初代藩主秀就の菩提所とするために再建しました。

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建物は現在修復中で見られなかったのですが、今回の目的は、山口市でも立ち寄ってきた長州藩36万石の藩主の墓地のひとつである「萩藩主毛利家墓所」です。

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大照院墓所は国指定の史跡で、秀就以下2代から12代までの偶数代の藩主と夫人及び一族と秀就に殉死した7藩士の墓石があり、墓前には藩士が寄進した石灯籠が600数基あります。

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久しぶりに来ましたが、昔と全く変わりないように見えました。
感動―!!

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萩の観光の情報を得るために、萩駅の萩市観光協会に行きました。
ここで萩観光の便利な萩市文化財施設1日券(300円/人)を2枚購入しました。
これは萩市内の下記対象文化財9施設の入場料(100円/1施設)をすべてカバーできるもので、3ヶ所以上見学するのならお得でした。
【萩城城下町地区】 木戸孝允旧宅、青木周弼旧宅、旧久保田家住宅
【堀内地区】    口羽家住宅、旧厚狭毛利家萩屋敷長屋
【川島地区】    旧湯川家屋敷、桂太郎旧宅
【旧松本村地区】  伊藤博文別邸
【平安古町地区】  旧田中別邸
でも思ったより萩駅は小さかったですけど、駅そのものが鉄道博物館になっていて、しかも無人駅として現役のとってもかわいい駅でした。
後で知ったことですが、萩の玄関口は東萩駅なのですね。

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松陰神社は、萩市で学問の神として最も尊敬を集める神社です(御朱印帳300円/冊)。

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松陰神社は明治23(1890)年に、松陰の実家・杉家の邸内に松陰の実兄杉民治が土蔵造りの小祠を建て、松陰の遺言により愛用していた赤間硯と松陰の書簡とを神体として祀ったのが始まりです。

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明治40年、共に松下村塾出身の伊藤博文と野村靖が中心となって神社創建を請願し、萩城内にあった鎮守・宮崎八幡の拝殿を移築して土蔵造りの本殿に付して県社に列格しました。

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境内には吉田松陰主宰の松下村塾が現存していました。

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松下村塾では、身分や階級にとらわれず、広く門下人を受け入れ、わずか2年半で久坂玄端、高杉晋作、 伊藤博文、山県有朋、山田顕義、品川弥二郎ら、明治維新と明治新政府確立のために活躍した、 多くの偉人を輩出したそうですが、小さいながらも見応えがありました。

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境内には、松陰幽囚の旧宅・吉田松陰歴史館もありました。

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松陰神社に車を停めて、伊藤博文別邸まで歩いて行きました。
萩市文化財施設1日券があったので、見せるだけで入れました。
ここは明治40(1907) 年に東京府下荏原郡大井村に建てられたものでしたが、萩市へは往時の面影をよく残す玄関、大広間、離れ座敷の3棟を移築してあります。

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明治時代の宮大工伊藤万作による大広間の鏡天井や離れ座敷の節天井など、意匠に優れている建物で、常駐しているガイドさんがいろいろ説明をしてくれました。
建物のガラスが、ちょっとゆがんで見えて、子供の頃の家のガラスを思い出しました。
隣に29坪の小さな木造茅葺き平屋建ての伊藤博文旧宅があり、萩藩の中間水井武兵衛(のち伊藤直右衛門と改名)の居宅を、安政元(1854)年に博文の父林十蔵が一家をあげて伊藤家に入家し、ここに居住しました。現在は国の史跡に指定されており、外観のみ自由に見られます。

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そのまま再び歩いて松陰神社に戻り、車で東光寺に移動しました。

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東光寺は3代藩主毛利吉就が創建した毛利家のもう一つの菩提寺で拝観料が300円/人です。
護国山東光寺は、元禄4(1691)年に3代藩主毛利吉就が萩出身の名僧慧極を開山として創建した黄檗宗の寺院で、総門、三門、鐘楼、大雄宝殿はいずれも国の重要文化財に指定されています。
大雄宝殿の屋根にある鬼瓦は、1698年(元禄11年)建立当時のもので、他の瓦は修理の際葺き替えられたもので、この鬼瓦はNHK大河ドラマの太閤記(1965年放送)でタイトルバックに使われたそうです。

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この東光寺は、本堂裏に国指定の史跡である毛利家墓所があります。

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吉就から11代までの奇数代の藩主とその夫人及び一族、関係者の墓と、墓前には藩士が寄進した500余基の石灯籠や殉難十一烈士墓、維新志士慰霊墓八基などが立ち並んでいました。

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山口市や大照院でも立ち寄ってきた長州藩36万石の藩主の墓地のひとつである「萩藩主毛利家墓所」がある毛利家の菩提寺です。

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東光寺の奇数代藩主の墓地と、大照院の偶数代藩主の墓地は、墓石の形などが少しずつ違い雰囲気も変わりますので、両方行って比べてみると面白かったです。

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東光寺に沿って車を走らせると、道路から見つけやすい所に、(すぐ近くです)吉田松陰と高杉晋作のお墓がありました。
近くに車を停めて、お墓参りをしてきました。

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江戸藩政時代の中・上級武士の武家屋敷跡が点在する城下町(川島地区)に、鯉が泳ぐ水路である藍場川沿いに、旧湯川家屋敷があるため、近くの駐車場に車を停めました。
旧湯川家屋敷は、藍場川沿いに長屋門があり、屋敷の中には橋を渡って入ります。

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主屋には玄関、座敷と茶室などがあります。また、川の水を屋敷内に引き入れて流水式の池泉庭園を造り、池から出た水を家の中に作られたハトバや風呂場で家庭用水として使った後、再び川に戻せるようになっています。

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このように藍場川沿いの民家では家の中での水の利用法を見ることができます。
ここは萩市文化財施設1日券が使用でき、ガイドさんが常駐して施設の説明を行ってくれました。

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続いて隣の桂太郎旧宅に立ち寄りました。
ここも萩市文化財施設1日券が使用でき、ガイドさんが常駐して施設の説明を行ってくれます。
ここは明治維新後、3回にわたって内閣総理大臣を務めた桂太郎の旧宅です。
桂太郎は、萩藩士桂與一右衛門の長男として生まれ、3歳の時に川島に移り住み、この旧宅は、明治42(1909)年に新築したもので、主屋は派手さを抑え規模も比較的小さなもので、藍場川沿いの生活を穏やかに楽しむために造られています。
また、藍場川の水を引き込んだ流水式池泉庭園内に桂太郎公銅像が建っていました。

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車に戻り、時間を短縮する為に車で堀内鍵曲(ほりうちかいまがり)を通りました。
萩は碁盤の目に計画され、見通しの良い街路が多い城下町内ですが、ここの通りは見通しを悪くすることが目的でジグザグになっており、敵の進入を防ぐように作られています。

車を萩市中央公園駐車場(300円)に停めて、歩いて萩城下町を散策・観光しました。

江戸屋横丁にある金毘羅社円政寺(真言宗御室派)は、建長6(1254)年山口市に創建された大内氏代々の祈願寺で、慶長9(1604)年頃に大内氏滅亡後に山口市から移転され、毛利氏の祈願所となりました。

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境内には十二支彫刻の欄間で知られる金毘羅社があり、神仏習合の形態が見られる点で貴重な寺だそうです。
伊藤博文が11歳の頃、住職恵運に諭され読み書きを習い、また高杉晋作も子供の頃にはよくここで遊んだそうです。

同じく江戸屋横丁には、13代藩主・毛利敬親の侍医を務め、防長医学の発展に大きく貢献した日本屈指の蘭学医・青木周弼旧宅もありましたが、今回は外観のみで通過しました。

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そのすぐ先の同じく江戸屋横丁には、木戸孝允旧宅があり、ここも萩市文化財施設1日券が使用でき、ガイドさんが常駐して施設の説明を行ってくれました。
木戸孝允は、天保4(1833)年萩藩医和田昌景の長男として生まれた後に桂家の養子となり、桂小五郎となりました。
17歳のときに吉田松陰の門下生となり、尊皇攘夷運動に参加し、嘉永5年20歳の時に江戸に遊学し、神道無念流の斎藤弥九郎に入門し、剣の道で頭角を現し、翌年には塾長に抜擢されたそうです。
さらに、25歳で萩藩に登用され、京都で公卿、他藩との折衝に当たりましたが、文久3(1863)年の政変以後は地下活動を余儀なくされ、翌元治元年6月の池田屋事件では危うく難を逃れ、帰国後は挙藩討幕に尽力しました。
慶応2(1866)年には、坂本竜馬の仲介で薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通らと薩長同盟を結び、維新回天に尽力した人です。
維新後、名を木戸孝允に改め、新政府の要職を歴任し、西郷隆盛、大久保利通とともに維新の三傑と呼ばれました。
この旧宅は彼が20歳位まで住んでいた家で、姿かたちも幕末当時のまま木造2階建てですが、2階があるということは、参勤交代などで通るお殿様を見下ろすことになり、バレたら切腹ものなので、表からは平屋のように見えるように作られています。

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そのまま伊勢屋横丁を通り晋作広場へ行き、「高杉晋作誕生地」の近くにある「晋作広場」には、平成22年10月に建立された「高杉晋作立志像」がありました。
銅像は、晋作が明倫館や松下村塾に通っていた20歳頃をイメージしており、両刀を差した羽織袴の立ち姿で、銅像の高さは1.8mで、台座を含めて3mになり、晋作誕生地と萩城の方角を向いて建てられています。

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晋作広場の先の、白壁が続く狭い路地である菊屋横丁には高杉晋作生家があり、晋作の写真や書などのほか、自作の句碑「西へ行く人をしたひて東行く心の底そ神や知るらん」の碑や、 産湯に使った井戸がありました。
高杉晋作は、吉田松陰から「有識の士」として将来を嘱望されていた人でした。

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御成道に出ると、菊屋住宅(江戸初期)と旧久保田家住宅(江戸後期)が向かい合ってあり、菊屋住宅は現存する町家では市内最古で、旧久保田家住宅より少し低くなっていて、建築の違いが解ります。

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城下町散策後、車で旧萩藩校明倫館の前を通る時、駆け足で写真ストップ。

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その後はぐるっと市内を車で回りながら、萩観光を終えました。
萩の町は、30年位前に来た時と変わりなく、今度来る時も変わっていないといいなって思いました。
雨の萩観光でしたので傘をさしながらだったけど、歩いて観光するのも萩の城下町は趣があってよかったです。
でも晴れていたら、もっと良かったでしょうね。

萩ICから萩三隅道路(山陰道)に入ったけど、道の駅に行くために一度明石ICから出ました。
大雨の中、道の駅さんさん三見に立ち寄り、遅いランチをとりました。
外が雨なので、もう終了の看板が出てたけど、声をかけたら気持ち良く食事させて頂けて、嬉しかったです。
日本海定食(1000円)を2人前注文して座って待っていると、大雨が突然雹にかわって降ってきて、窓の外は大荒れの日本海で、晴れてたらとってもきれいなのにと残念でした。
でもここの食事はとっても美味しく、この旅の食事をランク付けすると、トップクラスになるほどでした。
美味しいお食事と、笑顔が嬉しい道の駅さんさん三見でした。
ありがとうございました。

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昼食後、再び明石ICから萩三隅道路(山陰道)に入り、三隅ICでこの道は終点になり、あとは北浦街道である国道191号線をひたすら大雨の中を日本海沿いに下関方面に進みました。

途中トラックの後ろについてしまい、やきもきしましたけど、どうにか土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアムに到着する頃には、雨も止みました。←マッツァ(夫)は少しでも早く着いてゆっくり見たいと、本当に一生懸命に走っていました。
マッツァの今回の旅行で、絶対行きたい目的地の一つになっている土井が浜人類学ミュージアムは、本館も別館の遺跡も他に見学者もいなくて、貸し切り状態で見学(500円/人)できました。

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土井ヶ浜遺跡は弥生時代の埋葬跡で、国の指定史跡になっています。
ここから、保存良好な弥生人骨が300体以上も、装身具や土器を伴って出土しました。

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土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアムは、土井ヶ浜遺跡の内容を紹介するとともに、土井ヶ浜弥生人の顔・かたちの特徴、旧石器時代から現代に至る日本人の形質の変化やルーツについての情報を展示・発信している、わが国で唯一の人類学専門の博物館で、弥生時代マニアのマッツァには最高の見学場所でした。

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特に「土井ヶ浜ドーム」の内部は、出土人骨約80体の発掘状況を忠実に再現しており、初めて見たシャブランも、マッツァがどうしても行きたいと言った理由が解ったくらい素晴らしい遺跡でした。

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他に大賀ハスと赤米を植え、弥生時代の環境を再現している公園部分もありましたが、冬なのでなにもなかったので、車窓から見るだけにしました。

土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム出てもまだ少し明るかったので、ここへ来る前に通過した、角島大橋を見るために戻ることにしました。
ここはシャブランが見たいと言った橋で、昔車のCMで見て、行ってみたいと思ったところでした。
角島大橋の手前の袂には海士ヶ瀬公園があり、写真撮影のポイントになっています。

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マッツァとシャブランが行った時には天気も悪く、既に薄暗かったのですが、どうにか写真も撮れ、海の上を渡る雰囲気も感じることができました。

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車で角島大橋も往復し、戻ってきたときに海士ヶ瀬公園から見た景色は夜景になっていましたが、どうにか見ることができて良かったです。

今夜の泊まりをどうするか二人で検討した結果、途中の道の駅蛍街道西の市にある西ノ市温泉「螢の湯」でさっぱりしてから、少しでも下関に近いところと思い、道の駅きくがわで車中泊をすることにしました。
でもいざ道の駅きくがわに着くと、他に1台も車がなく、街灯も少なくて暗く雨も降っていたので、相談の結果、このまま中国道の王司PAまで行くことにしました。

小月ICから中国道に入り、今夜は王司PAで車中泊と車内で夕食。
でも車の通りが多く、久しぶりに賑やかなところで泊まることになりました。


本日(山口.萩市→下関.王司PA)の走行距離:153Km
萩市内のGSで給油:ハイオク25.04L


<9日目>2012年12月18日(火)山口.萩市-下関.王司PA
    *道の駅萩シーマートで車中泊:出発
    *萩市内のGSで給油
    *大照院:毛利家偶数代藩主墓所
    *萩駅・萩市観光協会:萩市文化財施設1日券(300円/人)
    *松陰神社(御朱印帳300円/冊):松下村塾
                            松陰幽囚の旧宅
    *伊藤博文別邸・伊藤博文旧宅:萩市文化財施設1日券
    *東光寺:毛利家偶数代藩主墓所(拝観料300円/人)
    *吉田松陰の墓・高杉晋作の墓
    *川島地区(武家屋敷跡):旧湯川家屋敷:萩市文化財施設1日券
                      桂太郎旧宅:萩市文化財施設1日券
    *堀内鍵曲(ほりうちかいまがり):車で通る
    *萩中央公園駐車場(300円)
    *萩城下町:江戸屋横丁→金毘羅社円政寺
                    →青木周弼旧宅(外観のみ)
                    →木戸孝允旧宅:萩市文化財施設1日券
             晋作広場
             菊屋横丁→高杉晋作生家
             菊屋住宅
             旧久保田家住宅
    *旧萩藩校明倫館
    萩IC~  萩三隅道路(山陰j自動車道)~
    明石IC出口
    *道の駅さんさん三見:日本海定食(1000円)
    明石IC~ 萩三隅道路(山陰自動車道)~
    三隅IC終点出口
    *土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム:500円/人
    *角島大橋:海士ヶ瀬公園
    *道の駅蛍街道西の市:西ノ市温泉「螢の湯」(500円/人)
    *道の駅きくがわ
    小月IC~ 中国自動車道~
    王司PA:車中泊
(車中泊に行った時の記録をそのまま使用しています)



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